中学校の頃から芸人になるという夢を持っていたバカリズムさん。高校を卒業してからはいよいよその道に足を踏み出すことになります。
当時、芸人といえば吉本興業が運営するNSCに通うことが主流でしたが、バカリズムさんはウッチャンナンチャンや出川哲朗さんが卒業した日本映画学校を選択します。
親の仕送りに頼らず生活!
バカリズムさんは芸人を夢見て上京したものの、母子家庭で仕送りできるような状況ではなかったそうです。そのため、実家に迷惑を掛けたくないという理由から、仕送りには一切頼らず、最初は町田市の家賃3万円のアパートに住み、カラオケのバイトで生計を立てていたといいます。
在学中に松下敏宏とコンビを組むが売れず…
1995年、日本映画学校在学中に同じく生徒だった松下敏宏さんとお笑いコンビ「バカリズム」を結成します。
シュールなネタが一部のお笑いファンからは評価を受けましたが、お笑いブームの波に乗り切れず、鳴かず飛ばずの日々が続きます。そして2005年、将来に不安を感じた松下敏宏さんの方から解散を切り出したのだそうです。
バカリズムは昔コンビだった…!どんなネタをやっていた?
コンビが解散した後は、ピン芸人としてマルチな活躍を見せるバカリズムさんですが、コンビ時代のエピソードはご存知でしょうか。
ここではコンビの頃のことや、脱退という形でバカリズムを去った相方の松下敏宏さんのことについてまとめてみました。
バカリズムは昔コンビだった…!どんなネタをやっていた?
コンビ時代はブレイクすることのできなかったバカリズムさんですが、当時からネタの面白さには定評がありました。
現在のバカリズムさんのネタの片鱗も感じさせる、巧みな言葉遊びやありがちな設定からのシュールな展開に広がるコントなど、いま見ても新鮮に笑えるネタが多くあります。
こうしてみていると、バカリズムさんのセンスに時代が追いついていなかったのかもしれませんね…!
ピン芸人になってからブレイク!相方は現在どうしてる?
1995年、相方の松下敏宏さんから切り出す形でお笑いコンビ・バカリズムは解散しました。しかしその3ヶ月後にピン芸人「バカリズム」として出場した『R-1ぐらんぷり』で見事に決勝進出、4位という結果を収めました。
そしてその時に披露した「トツギーノ」というネタが流行語になり、バカリズムさんは一躍ブレイクを果たしました。
一方、相方の松下敏宏さんは解散とともに所属事務所も辞めて芸人を引退し、現在は一般企業に勤めているそうです。
いとうせいこうが師匠…!?向田邦子賞贈賞式でスピーチも!
大衆にはなかなかウケなかったお笑いコンビ・バカリズムの笑いですが、業界にはそのネタの完成度を高く評価している人も多く、その筆頭がいとうせいこうさんでした。
いとうせいこうさんはコンビ時代からバカリズムさんのネタ作りのセンスには一目を置いており、自身がレギュラーを務めるテレビ番組『虎の門』や舞台に早くから出演させていました。
また2018年にバカリズムさんが「架空OL日記」の脚本で向田邦子賞を受賞した際には、会場まで駆けつけバカリズムさんの才能を讃えるとともに祝福の言葉を贈っています。
バカリズムさんもいとうせいこうさんに対して恩義を感じており、いとうせいこうさんのことを「師匠」と呼んで慕っているそうです。
バカリズムと有吉は犬猿の仲!?共演番組も多数!
有吉弘行さんが自身のTwitterで「バカリズムとは犬猿の仲」と綴ったことでそういう噂が広まりましたが、もちろんお互い暗黙の了解の上での冗談です。
『IPPONグランプリ』をはじめとする共演番組で、お互いにいがみ合ったり噛み付いたりしている様子を見ると、「むしろとても仲が良いのでは?」と思わせるほど二人とも楽しそうです。
きっとお互いの才能を認め合っているからこそ、犬猿の仲の設定の中で笑いを作りだせる仲なのでしょう。
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