記事の目次
- 1.【はじめに】水晶ドクロって?
- 2.水晶ドクロの謎【そもそもオーパーツって何?】
- 3.水晶ドクロはどこがすごいの?① 300年かかる?
- 4.水晶ドクロはどこがすごいの?② そもそも加工できない?
- 5.水晶ドクロにまつわる伝承
- 6.水晶ドクロにまつわる都市伝説①
- 7.水晶ドクロにまつわる都市伝説②
- 8.水晶ドクロの出自は?
- 9.水晶ドクロの謎【おかしな点も?】
- 10.他にはどんな水晶ドクロがあるの?
- 11.結局水晶ドクロは本物?
- 12.本当は水晶ドクロはどうやってみつかった?①
- 13.本当は水晶ドクロはどうやってみつかった?②
- 14.本当は水晶ドクロはどうやってみつかった?③
- 15.水晶ドクロの時系列でわかるおもしろいこと
- 16.水晶ドクロに残る謎
- 17.水晶ドクロは今どこにあるの?
- 18.水晶ドクロの他にはどんなオーパーツがあるの?①ヴォイニッチ手稿
- 19.水晶ドクロの他にはどんなオーパーツがあるの?②黄金シャトル
- 20.【おわりに】水晶ドクロの夢
水晶ドクロにまつわる都市伝説②
また、2008年のクリスタルスカルの分析に関わったスミソニアン博物館と関連する都市伝説も噂されており、クリスタルスカルの知名度をうかがい知ることができます。
「スミソニアン博物館の地下に厳重に保管されている幻のスカルは一般公開されておらず、元の持ち主のメキシコ大統領はフリーメイソンのメンバーであった。」と一部では言われています。
「ワシントンDCやスミソニアン博物館もフリーメイソンによってつくられており、2008年の研究結果は本当に隠しておきたい地下の幻のスカルから目を背けさせるためのブラフである。スミソニアン博物館の地下には今でも人類の歴史に関わる重要な機密が隠されている。」とされています。
すごいですね・・・もし本当だとしたらこれをリークした人は大丈夫だったのでしょうか。こちらで言及されている水晶ドクロは有名なヘッジススカルではなく、完全に人目に晒されてない別の水晶ドクロがあるということでした。
何かとスピリチュアルな噂が絶えないクリスタルスカルですが案外こういったトンデモ噂の中に真実が隠されていることも・・・?
水晶ドクロの出自は?
では実際の水晶ドクロはどういった経緯で見つかったのでしょうか。いくつもの水晶ドクロが後追いで発見されたため、こういった後発物は偽物と断定するまで長くはかかりませんでした。ここでは1番有名でマヤの遺跡で最初に発見されたとされるヘッジススカルについて解説します。
1927年、ミッチェル・ヘッジスと娘のアンナがマヤ文明の遺跡を発掘していました。ルバントゥンと呼ばれる街の遺跡を掘っていた時、見つかったのがクリスタルスカルでした。
それはあまりに精巧にできていて、発見した時一目で何かすごいものを見つけたことを確信できるほどでした。
この時みつかったクリスタルスカルが後にヘッジススカルと名づけられるわけですが、この日はなんと娘のアンナの誕生日でもありました。
うーん・・・すごい偶然ですね。マヤ文明からの粋な計らいかもしれません。何はともあれ、こうしてクリスタルスカルは発見され脚光をあびることになりました。
水晶ドクロの謎【おかしな点も?】
このように多くのスピリチュアルなエピソードを持つクリスタルスカルですが同時に数多くの疑問点も浮上していました。その中でも大きくわけて2つの疑わしい点がクリスタルスカルを見つけた探検隊に対して指摘されており、偽物ではないかという説が支持されはじめました。
1つはヘッジス探検隊一行がクリスタルスカルを発見したのは1927年と発表されていますが記録紙によって1926年にイギリスに帰国したことが分かっています。
もし実際に1926年に既に帰国していたのであればその1年後にマヤで発掘をしていた記録自体がそもそも怪しいですよね。
もう1つは発見した際の記録写真などクリスタルスカルを証明するものが何1つなかったことです。本来探検隊であれば何か歴史的な物品を発見した際に備えて記録できるものを用意するはずですよね、この時代だとカメラが1番ポピュラーでしょう。
ですが探検隊の公表した写真にはクリスタルスカルは一切写っていませんでした。
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