【はじめに】臨死体験者は意外に多い?
臨死体験と聞くと恐ろしいイメージがまず先行してしまう人も多いのではないでしょうか。確かにもうすぐ死ぬという状況に陥っているわけですから痛みや驚き、恐怖でパニックになってしまうことも充分考えられます。死=恐ろしいものという固定観念は誰しもがある程度持っているものではないでしょうか。国や宗教観で違いはあるとしても死ぬことはやっぱり怖いですよね。
ですが幽体離脱を経験した人、あるいは幽体離脱を伴う臨死体験をした人の話を見てみるとそこには共通点がいくつもありスピリチュアルな体験を通して人生が変わったという人も大勢いました。彼等は死後の世界についても興味深い話をしています。ここでは臨死体験した人の経験談や傾向についてまとめました!
臨死体験のステップ① 走馬灯が見える
臨死体験をしてまたこの世に帰って来れた人が口を揃えていう傾向の1つに走馬灯があげられます。人によってどういうかたちを伴うかは異なりますが今までの自分の人生を追体験するようです。本をめくるように客観的に見る人もいればその時の自分自身にタイムリープした感覚を持つ人も。共通しているのは普段覚えていなかったような些細な出来事も走馬灯では見えるということでした。
走馬灯は全員に起きる?
走馬灯は現象としてとても有名ですよね。スピリチュアルな話ではありますが臨死体験をしていない人にも走馬灯を経験したという人は多くいます。広義では事故の直前に時間がゆっくり感じられた、死を覚悟した瞬間に昔のことをほんの少しだけ思い出した、なども走馬灯と言われます。ウソにしてはあまりにも多くの人が語っていますし、ネットなどが普及する前から走馬灯は概念としてありました。ですが全ての人が見るというわけではなく、「死を覚悟した人」が見るものとされています。
臨死体験のステップ② 解放感を味わう
臨死体験経験者は共通したステップを踏むとかきましたが走馬灯の次にえも言われぬ解放感を味わうとのことです。走馬灯がまだ完全に死ぬ前のことだと考えるとこの肉体から精神が剥離するような感覚はその次の段階と言えますね。「肉体から精神が抜け出る感じ」「神様に呼ばれる感覚」というコメントからどれも痛い、辛いといった苦しみとは違った感覚のようです。「自分がいた部屋全体を上から眺めていた」という幽体離脱のようなスピリチュアルな経験をした人も。
次の場所へ誘われる
この解放感を味わった人は次の段階、見知らぬ場所へ連れて行かれることになります。死後の世界と言われることが多いようです。中には好きな音楽の旋律や大切だった家族の声と一緒に解放感を味わうという人もいました。どのサイトを見てもこれが死んだときかどうかという判断はされていませんでした。やはり臨死体験のどの段階で死んだかという明確な判断は出来ないのかもしれません。
臨死体験のステップ③ 違った感覚が身に付く
解放感を味わった人の多くはその後これまでとは別の感覚が身に付くようです。「五感が究極まで研ぎすまされた感じ」「精神のみで全てができる感じ」と答える人もおり、肉体がもうないことにも関係しているのかもしれませんね!何かしらのアクションを体で起こそうとする意識がそもそもなくなり、精神だけの存在になることに対して疑問を抱かないとのことでした。難しい話ですね。