貴族のドレスは歴史とともに変化する
日本人の衣装が時代によって変化してきたように、貴族の衣装も歴史と共に変化してきました。つまり、女性のドレスを見れば時代がわかるのです。
歴史映画や肖像画で、貴族のドレスは目にしてきたことでしょう。どのドレスも気品に満ちていて、とても華やかですよね。
貴族のドレスはステータスです。貴族がプライドを持って着ていたドレス、一度でいいから着てみたいものですよね。ロリータファッションの中には、その憧れが詰まっているのではないでしょうか。
では、歴史と共に移り変わってきた貴族のドレスをご紹介します。
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中世ヨーロッパで貴族が着ているドレス
ヨーロッパの歴史は区分されて表現されることが多く、「中世ヨーロッパ」は概ね5世紀~15世紀を指します。
5世紀のヨーロッパは、まだギリシャやローマの影があり、服装に関しても権力階級によって決められていました。衣装を見れば、どの階級に属する人間かが一目でわかるようになっていたのです。
それに象徴されるのが、当時着られていたチュニックです。この頃のチュニックはタイトな作りで地面すれすれの長さがあり、ウェストあたりで絞めて着られていました。
10世紀を過ぎると、ドレスの袖は手首で細くなり、首元や袖の境目に装飾が施されるようになります。腰部分に丸みを持たせるため、お尻の上部分にガードルによって補正しおしゃれを楽しんでいたようです。
11世紀以降になるとリネンの帽子を被るようになります。タイトなドレスに長いマント、襟元には飾り金具、そして肩まで垂れ下がる帽子を身につけていました。
13世紀ごろからドレスは一気に豪華になっていきます。豪華な刺繍や宝石が惜しみなく施され、ドレスだけでなく髪の毛の装飾にも宝石がふんだんに使われたファッションとなります。
ドレスの上にはタイトなジャケットを着ていましたが、着ているドレスが豪華な時には毛皮の裏地が使われて、シンプルなドレスを着ている時には逆に豪華に装飾を施したジャケットを着ていました。
ヨーロッパの冬は寒いので更にもう一枚上着を着る場合は、袖の真ん中に大きなスリットの入ったマントのようなものを着ていました。
15世紀になると豪華の極みとなり、以前に比べドレスの裾は短くなった代わりに飾りが豪華になります。鳥やテンの毛皮を使い、ひだ付き襟のファッションやウェストを広いシルクの帯で飾るなど、絢爛の極みを尽くしたドレスとなったのです。
中世の衣装で特徴的なのが「フリル」です。裕福な家庭では性別を問わずフリルたっぷりの衣装を着せられていた時代、貴族もまた地位を象徴できるようなファッションに身をまとっていました。フリルは裕福さの象徴でもあったようです。
ロマネスク期のドレスの名前と特徴
ロマネスク期のドレスは「ブリオー」と呼ばれ、袖がどんどん大きくなっていきます。
この袖は取り外しができ、恋人の騎士への贈り物とされていたのです。騎士はその袖を槍や兜の先につけ戦い、その試合で優勝するとお返しとして賞金や商品を恋人に渡す習慣があったのだそうです。
ブリオーの袖は、恋人同士にとって愛の証とされていたのです。
ゴシック期のドレスの名前と特徴
14世紀半ばから流行したドレスが「コタルディ」です。タイトなドレスであることに違いは無いのですが、これまで紐で絞められていた部分は縫製となり、ボタンも登場してきます。
これまで時間のかかったドレスの着脱も、ボタンによりかなり楽になったと言われています。
コタルディで特徴的なのは、飾り布を肘から垂れ下げているところです。ドレスは刺繍などで一族の紋章が施されていました。
近世ヨーロッパに貴族が着ているドレス
近代に近くなるにつれ、みなさんも映画などで目にするドレスへと変遷していきます。貴族は地位の象徴として衣装には気をつかい、ある意味それはプライドとも言えたでしょう。
階級社会において、ステータスを示せる男女の衣装は現代に生きる人間よりも重要視されていたと思われます。
では、近代ヨーロッパのドレスがどんなものであったかを見ていきましょう。
ルネサンス期のドレスの名前と特徴
この時期のドレスは「ソプラヴェステ」と呼ばれる長袖のワンピースが主流でした。
スカート部分である腰から下は大きく広がり、現代の「ドレス」と変わりありません。素材は絹を使用していて、イタリアから生地に開けた穴をかがる技術も伝来し、より効率的なドレスへと移り変わります。
この時代あたりから貴族の間では肖像画がステータスのひとつとなってきているので、現代人がよく目にするドレスという印象になっているのではないでしょうか。